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カトマンズ市内を監視するネパール国軍
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経済の停滞、汚職の進む政府、王室殺害の事件、毛沢東主義者の問題、広がる貧富の差、、、ネパールは今後どうなるの? という質問をカトマンズ市民に投げかけると必ず帰ってくる答え---「さあ、誰もわからないね。」 発展途上国であるネパールの国民は皆、政治への関心は強い。 しかし彼らも迷走する国の行方に関しては「わからない」と答えるしかないようである。 事態が急変したのは2月1日。 この日ネパール国王であるギャネンドラ殿下はデウバ内閣を解散、彼自身が直接政治を行うという宣言を出したのである。 その直後彼は「国家非常事態宣言」を発令。 テレビ放送や新聞の情報統制は進み、電話回線も遮断されインターネットは不通、外部との連絡が一切取れないという異常な状態に陥った。 翌日反政府反王制組織の毛沢東主義者は全国一斉ゼネストを敢行し、5日現在町は完全に機能を停止している。 硬直状態の続いていた事態はここで次のステージへと向かうことになる。 一見中世の王政復古を思わせる、時代を逆行しているような一連の動き、、、その裏側には一体何があるのだろうか? さて、ネパールと関わりが深い当サイトでは簡単にですが事件の概要を説明させて頂きます。 迷走するネパールを暖かく見守っていくと同時に一刻も早い国民の生活の正常化を願いたいものです。 |
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国王ギャネンドラ殿下への賛否両論 2001年に起こったネパール王室殺害事件は日本でも新聞の一面を賑わせたことは記憶に新しい。 故国王ビレンドラとその一族が王子ディペンドラにより殺害、ディペンドラはその後自殺を図り事件は迷宮入りとなった。町では噂が飛び交うこととなる。 たまたま惨殺の現場に居合わせずに命を救われたギャネンドラ殿下に対して「彼の陰謀ではないか?」ということまでもが誠しやかに囁かれた。 また隣国インドの陰謀説、毛沢東主義者の陰謀説、様々な憶測がなされたが事実は結局闇の中。 表向きは錯乱したディペンドラ王子の錯乱ということで決着が付いた。 しかし現国王ギャネンドラへの疑いが晴れていないというのも事実である。 しかしまた裏を返すようではあるが国王が人気があるのも事実である。 自国の王を愛するということと「終わってしまったことはとやかく言わずに事実を受け止める」というネパールの国民性が乗じてか、国王が町に出る国の行事の時は毎回たくさんの民衆が国王を一目見ようと街頭に集まるのである。 ネパールでの民主主義と王制と毛沢東主義者の台頭 ネパールでの議会民主制の歴史は浅い。 1959年に最初の民主化の動きが失敗して以来、本当に民主化が訪れたのは故ビレンドラ国王統治下の1990年である。 そもそも古くより王制国家であった。 ビレンドラ国王の改革により「議会と憲法のもとに成る王制」となったがそれ以前は王族の絶対王政の時代が長く続いていたのである。 ちなみにこの故ビレンドラの改革に最も強固に反対したのが現国王ギャネンドラだと言われている。 そして腐敗した議会政治、横暴な王室に対して「共産主義的共和政体」を望む毛沢東主義者も山間部を中心に支持層を獲得。 毛沢東主義者の活動による犠牲者の数は1万人を超えた。 いよいよネパール政治は混迷の時代に突入したのである。
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現ネパール国王ギャネンドラ殿下 |
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ネパール国旗を振る国民議会派 |
国王と親王派の意見 「議会制デウバ政権はマオイスト(毛沢東主義者)との和平交渉に失敗した。 公約どおり選挙を実施することも出来ずに経済も停滞したままだ。 もう彼らには任せて置けない」 国王「私の指示の元、新しい内閣を制定する。 これにより3年以内に平和と治安が回復し、デモクラシーを正しい軌道へと移行するだろう」 市民「これはネパールにとっていいことだ。 我々が望むのは平和のみ」 ・・・その後マオイストとの直接対話も示唆、しかしマオイスト側はそれを拒否しゼネストへ突入した。 デウバ前首相と反王派の意見 デウバ前首相「我々は国王の試みに強固反対する。 これは憲法に違反する動きでありデモクラシーに相対するものだ。」 市民「国王が国のリーダー達の運命を決めるべきではない。 我々国民が決めるのだ。 これはクーデターであり、誰一人として許さないだろう。 ・・・以後ギャネンドラ殿下はデウバ前首相を自宅軟禁、新政権として10人の内閣メンバーを発表した。(2月5日現在) 国際社会の動き 国際社会はというと具体的な処置は出していない。 今回の国王の行動に対してアメリカやイギリスは非難の声を上げたが、今後どのように展開するかはわからない。 表向き「デモクラシーと平和への改革」を行っている国王とテロリストのレッテルを張られている毛沢東主義者とでは、後々「国王側」に国際世論が傾くのは必須と思われる。 毛沢東主義者がどのように国王の和平交渉に接してくるか、というのが今後の焦点となりそうだ。 ただ私達は他国の内政に干渉するべきではありません。 王制が悪い、共和制が悪い、西欧式議会制民主主義が正しい、というのは安直です。 政治というのはその国に適した形でなくてはならず、その国民が決めていくものではないでしょうか。 一つの国がしっかりと成り立つ為にはそういう混迷の苦しい時代を通り抜けなくてはならないのかもしれません。 5日現在未だにネパールとの連絡は取れない状態が続いています。 カトマンズ市民は平静を保っているとのこと。 彼らはこの状況でも生活をしてます。 外に出られないので家でのんびり、なんて人もいるでしょう。 どこか歯車が狂いだした5年程前からストライキや暴動は日常となりました。 悲しむべきはこれが日常になってしまった国民の生活かもしれません。 |
掲載写真は勝手ながら以下より頂きました
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story2&u=/050203/ids_photos_india/ra2036584532.jpg&e=2&ncid=1970
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story2&u=/050202/ids_photos_india/ra4046917772.jpg&e=4&ncid=1970
http://story.news.yahoo.com/news?tmpl=story2&u=/050204/ids_photos_india/ra4096284104.jpg&e=2&ncid=1970