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ああ栄光のシェルパ族

峠の茶屋のシェルパニとシェルパのガイド

ネパールはまさに多民族国家の代表、といえるくらい沢山の民族や文化が共存しています。  2005年現在人口は2千700万人にのぼり(余談ですが、ネパールの人口増加率は2.2%と非常に高いのです)、小さな国土に36もの民族がそれぞれの文化や言葉を維持しながら生活共存しています。(一部調査では60を越す民族があると言われています) 人口が集中する首都カトマンズでは町を歩いているだけでいろいろな「顔」に出会うことが出来るはずです。 細かな人口構成の話やそれに付帯する問題などはまたの機会にしましょう!

屈強な高地民族シェルパ

さて、今月は栄光のシェルパ族のお話です。 「シェルパ」、ネパールをあまり知らない人でも聞いたことがあるかもしれませんね。 上記のようにたくさんある民族グループの中でも国際的に有名な民族の一つといえます。 エベレストやヒマラヤ山脈を舞台とした映画やお話には必ず登場する勇猛果敢な雪焼け顔の男、どんな困難にも立ち向かってクライアントを目的の山頂まで連れてゆく男達---それがシェルパ族です! 1953年、エドモンドヒラリーが歴史的なエベレスト初登頂に成功しますが、ヒラリーを連れたテンジンももちろんシェルパの男でした。 それでは彼らをちょっと詳しく見てみましょう☆

シェルパ族って?

そんな彼らの勇猛果敢な姿から「シェルパ」という言葉はすでに登山のガイド、という意味も含むようになったと思われます。 チベットビルマ語族に属するシェルパ族は文化的にもチベットの影響を色濃く受けており、彼らの大半はチベット仏教の信者です。もともと部族語であるシェルパ語で「シェルパ」とは東の人という意味があり、彼らがもともとチベット東部から移住してきたという名残だそうです。 14世紀頃よりネパールへ移住してきたシェルパ達は現在、約3万5千人がソル・クンブ地方(エベレスト周辺の地名)に住んでいると言われています。多くのシェルパは自然環境の厳しい村に住み、ヤクや羊の放牧、畑仕事などをしています。 近年ではトレッキングのシーズンにはカトマンズに下りてきてガイドの仕事をする者増えました。 シェルパの男性ははやや小柄で体つきが良く、そして山男らしくお酒好きも多いようです。 女性のシェルパはシェルパニと呼ばれ、肝っ玉かあさんが多いとのこと(シェルパ談)

シェルパ栄光の歴史

そんな彼らを世に知らしめることとなったのは20世紀前半から始まるイギリスの探検ブームでした。以降、大挙して世界の山々の征服を目指した各国の登山部隊がガイドやポーターとして有能なシェルパの名を押し上げたのです。それまでのシェルパ族の暮らしは比較的貧しいものだったようでカトマンズでは低カーストと見なされ蔑まれた時期もあったそうです。 

1953年ヒラリー部隊の登頂を支えたテンジンももちろんシェルパ族です。 エベレスト登頂回数が世界一を持つ者も、エベレスト無酸素最速登頂記録を持つ者もシェルパ族の男なのです。 彼らの非凡なる高地での能力はシェルパ族の生活を激変させました。 外貨が流れるようになり潤う村が出てきました。 登山でお世話になったシェルパへの感謝の気持ちとして、外国人登山家の中には彼らの村に支援プロジェクトをするものも出てきました。 また高額の報酬を貰い、カトマンズにトレッキング会社を設立するシェルパも出てきました。 そしてシェルパは今や登山には欠かせないパートナーの地位を築き上げたのです。

 

クンブ地方最大のシェルパ村 ナムチェ

トレッキングルートにて マニ石と山

変わりゆくもの

このようにしてシェルパの生活も大きく変わりました。 カトマンズに定住するものも増え、山ではなく町で生まれ育つシェルパの子供も今では珍しくありません。 最近子供が出来た知人のシェルパに子供の将来を尋ねた際「どのように生きるかは子供の自由、でも出来れば山の男として立派なガイドになって欲しい」と言っていたのが印象に残ります。  

その知人のシェルパは小さい頃ヒマラヤ山中の村で育ちました。 祖母や両親から毎日のように「雪男」や人間の真似をして悪さをする「テン」の話を聞いたそうです。 ひと昔前まで雪男やテンは生活と密着した切実な恐怖でした。 もちろん彼は今でも雪男を信じていますし、彼の真剣な話を聞いた筆者も信じています。 しかし近年それは伝説やおとぎ話の世界となりつつあります。 エベレスト探検が始まる前、シェルパにとってチョモランマ(エベレストのチベット名)は神の住み賜う聖域でした。 そこに足を踏み入れることは神への冒涜でした。 外貨やシェルパとしての名声、そして征服への飽くなき挑戦はエベレストの価値観も変えてきました。

しかし文化の変容それ自体が文化です。 文化は環境的要因によって変わるものであり、新しい価値観を生み出します。 これは良いことでも悪いことでもなく、大きな自然の流れなのかもしれません。 変わりゆくのはもちろんシェルパだけでなく、カトマンズもネパールもそして日本も同じです。 残しておきたい大切な「財産」は変わりゆく中でもきっと生きつづけるでしょう。

さて!大まかにヒマラヤの英雄シェルパを見てきました。 ネパールと言えばトレッキングです。 トレッキングといえばシェルパです。 7000mをゆうに越す名峰の数々は圧倒的な力で迫ってくるでしょう。 極限に近い自然環境でも力強く生活しているシェルパに出会うことも出来るでしょう。 もしネパールにお越しの際は是非トレッキングをお勧めしたいですね。