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カトマンズで売られているクマリポストカード |
ネパール…皆様はどんなイメージを浮かべますか? 「宗教的」とか「神の住むところ」のような神聖なものを連想する人も多いのではないでしょうか。 もちろんカトマンズは近年めまぐるしい発展をとげ、若者達はジーンズで町を闊歩するようになってきています。 聖俗が混在する、それが現状のカトマンズなのかもしれませんが今回は宗教的なネパールの一面、生き神様クマリを特集します! ネパールにおける宗教の概要 以前「今月のネパール」にてヒンドゥー教と仏教の解説をしましたが、再度軽いおさらいをしましょう。 ネパールは世界で唯一国教をヒンドゥー教と定めています。 実に人口の82.5%がヒンドゥー教徒なのです! しかし僅か人口の8.7%に過ぎない仏教徒の存在も忘れてはなりません。 チベット民族系である彼らのネパールにおける文化的、宗教的影響は首都カトマンズでも色濃く見られます。 その他、土着的シャーマン信仰やイスラム教、そしてキリスト教も存在し、その多様性が伺えます。 ネパールでは宗教観対立、というよりもお互いがお互いの文化を寛容する部分が多く、共存が成り立っているといえるでしょう。 さて、ネパールの象徴的存在である生き神クマリがわかるとネパールがわかる! 少々長い文章になってしまいましたが、是非とも読んで下さい! それではいってみましょう。 |
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国王が少女クマリにひざまずく ネパールには毎年10月頃、インドラジャトラというお祭りがあります。 その祭りにおいてネパールの国王はクマリにひざまずき、祝福を受けます。 そのクマリの祝福こそが現国王の国家統治の正当性を与えるものなのです。 もしもその時クマリがご機嫌が悪かったり、祝福を行わなかったりすると…それは大変な不吉と捉えられ国王、又は国自体に暗雲が立ち込めると言われるほどなのです。 余談ではありますが、2001年の王室殺害事件の年のインドラジャトラでクマリは故国王ビレンドラに祝福を行わなかったと噂されています。 生ける守護神−王族との関係と伝説 実はクマリはカトマンズ盆地各町や村にいるのですが、このように王様に祝福を与えたりするクマリはカトマンズのロイヤルクマリと呼ばれています。 王族専属クマリということになります。 このクマリ信仰が出来上がったのは18世紀中葉マッラ王朝時代といわれています。 当時のマッラ王朝はタレジュと呼ばれるヒンドゥー教の女神を彼らの主神としており、クマリをそのタレジュの化身だとしたのです。 伝説によるとタレジュは当時の王の前に美しい女性の姿をして現れました。 女性の姿をしたタレジュはその晩から王の下へ現れては国政に対する助言を与えたり、トリパサと呼ばれるゲームを楽しみました。 ある晩、その美しさに魅了された王はタレジュに性交を求めたのですが、それに激怒したタレジュは2度と女性の姿として現れることはなくなったのです。 タレジュ神は言いました「私は今後カーストの低い少女の姿をして現れることでしょう」 以来、王はタレジュの化身とする少女クマリを選び出し、当初の王宮であった現カトマンズ王宮広場の一角にクマリを住ませるようになったのです。 現クマリも18世紀のままの宮廷で生活をしています。 |
インドラジャトラにて |
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クマリの乗る山車 |
クマリは仏教徒?? ヒンドゥーの女神であるタレジュ…タレジュの化身であるクマリですが、クマリは仏教徒であるサキャ姓の者の中から選ばれます。 クマリは2歳から5歳の間の少女から選ばれ、クマリとなる少女は身体的に健康なのはもちろんのこと、黒髪で初潮前、そして一本も歯が欠落していないことが条件となります。 さらには少女のホロスコープ(占星)が時の王のものと不一致なようではいけません。 精神的な面では、「恐れを知らぬ性格」が必要とされます。 クマリ候補となった少女は108頭のヤギの生贄や血の海をみても恐れをなさないかを試されるといいます。 タレジュという神は元来、生贄を必要とする荒くれる神なのです。 すべての条件を満たしクマリとなった少女は以後土を踏むことがありません。 土につくとパワーが逃げてしまうからです。 普段は2階に暮らし、クマリ専属のサキャ姓の母と父に育てられます(実母、実父ではありません) さて、クマリは初潮を迎えるとその任務(?)を終え、新たなるクマリが選出さるのです。 それではクマリでなくなった元クマリはどうなるのか…一般の生活に戻っていくそうですが、やはり普通の幸せを掴み、普通に暮らすのは難しいケースが多いようです。 その辺は語られにくい事情のようですが、人里離れて、またはネパールを離れて暮らすケースもあるようです。 クマリを知ってネパールを知る カースト色がいまだ濃い文化であることを考えると、最高のカーストに属するとされる王族がヒンドゥー社会では比較的地位の低いカースト出身のクマリから祝福を受けるのは興味深いですね。 ヒンドゥー教徒からするとクマリはタレジュの化身です。 一方仏教徒から見るとサキャ姓は代々仏教徒であります。 サキャ出身であるクマリはチベット密教の神バジュラデヴィの化身だということになります。 しかし、クマリの宗教性について意見が対立するようなことはあまりないようです。 ここにネパールの「ネパール性」があるのかもしれません。 カトマンズの街自体がそうであるように、各宗教が見事に調和し混ざり合っているのではないでしょうか。 2つの文化超大国---インドとチベット(中国)---に挟まれた小国の生きる知恵なのかも知れませんね。 最近ではクマリの非近代性が諸外国の一部に問題視されることもあるようです。 物心つく前に親元から離され、自分の意志とは関係なく祭り上げられ、一般教育を受けることも出来なく時期が来れば今度は神性を失う。 これを非合理的だとして人権擁護の立場から非難の声が上がるのだそうです。 さて、クマリがいないネパールはどうなってしまうのでしょう?(それはないと思いますが…) 国際社会に揺さぶられながら、自国の文化を守る、どこの国も同じかもしれませんね。 |